風景慕情 其の三
桜の森の満開の下
夜桜を眺めながら土手づたいを歩いていたら、突然気分が悪くなった。
ベッドに入り、布団をかぶって目を閉じても、瞼の裏側で桜の花びらがチカチカと鮮明に点滅している。その夜、久し振りに熱が出た。
桜の美しさには危険な「何か」が含まれている。男と女の狂気を、戦慄な殺人と満開の桜とともに描いた坂口安吾の「桜の下の満開の下」。梶井基次郎は「桜の樹の下には屍体が埋まっている」と告白し、太田光も「憲法九条を世界遺産に」の中で桜の危険さについて触れている。
3つの著書に共通しているのは、その危険な「何か」を「死の表現」として捉えているということ。美しさを修辞する表現の中に「この世のものとは思えない」という言葉があるが、桜の美しさも「この世」から離れた危険な領域にまで達してしまっているのだろう。
東京では今週末が最後のお花見日和になりそうだ。春の気分に誘われて酒を飲み、友だちと語り合うのもいいが、決して桜の花びらを長く見つめすぎてはいけない。「恍惚」という危険な毒に誘惑されてはいけない。美しさと同化しようとしてはいけない。
桜の美しさには危険な「何か」が含まれていることを忘れてはいけない。
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